(平成15年度以降は少しずつ更新します)

(H.14)

2002

平成14年度には、情報工学科4年生の有志チームが、 ACM 国際大学対抗プログラミングコンテストに参加 した。彼らは Web 上で実施された国内予選を勝ち抜 き、アジア予選金沢大会に駒を進めた。そして、全国 およびアジアの強豪校が揃う中で、最終的に 33 チー ム中 17 位という成績を残すことができた。大学でい えば 1 年生にあたる学年のチームであり、予想外の大 健闘であった。

(H.9)
Oct.
1997

平成 9 年度には、情報工学科の設立に尽力された野 澤繁之教授が定年退官となり、平成 10 年 4 月 25 日に、 名鉄トヨタホテルにて退官記念パーティを催した。そ こには、多くの卒業生がかけつけ、情報工学科の思い 出を語り合い、楽しいひとときを過ごした。

(H.7)
Apr.
1996

平成 7 年度には、専攻科設置に伴う教官定員増のた め、学科の教官は全員で 11 名になった また、情報工学科も創設時のあわただしさが過ぎて、 完成学科として、ようやく落ちついて研究ができる環 境が整ってきた。そのため、平成 6 年度から 8 年度に かけて、博士の学位を授与される教官が相次いだ。

(H.6)
Apr.
1995

平成 6 年度は、本校に専攻科が設置された年である。 情報工学科も、一般学科の教官と連携し、新たに「情 報科学専攻」(定員 4 名)を設けた。これ以降、SCS を利用した新しい教育への実験的な取り組みなど、 様々な教育改革に取り組んでいる。

第 2 期: 平成 5 年から平成 14 年まで

(H.4)
Mar.
1993

卒業研究が始まった。年度末に実施された第 1 回卒業研究発表会に おいて、参加した教官から「長年見てきた電気工学科 の発表に勝るとも劣らない出来栄えであった」という 感想をいただき、無事に最初の卒業生を送り出すこと ができた。

(H.4)
Apr.
1993

平成 4 年度からは、本校に「週 5 日制」が導入され、 新しい教育体制の下、より効果的で実践的な高専教育 を目指し、全学的に様々な取り組みが始まった。

(H.2)
Apr.
1991

さらに木村勉助手(豊橋技科大大学院)を含む 3 名の教官が加わり、教官 8 名の体制となった。 情報工学科完成年度の平成 3 年には、2 名の教官を迎え、総計 10 名の教官を擁する一人前の学科となった。

(H.2)
Apr.
1991

さらに木村勉助手(豊橋技科大大学院)を含む 3 名の教官が加わり、教官 8 名の体制となった。 情報工学科完成年度の平成 3 年には、2 名の教官を迎え、総計 10 名の教官を擁する一人前の学科となった。

(H.1)
Apr.
1990

情報工学科のスタッ フとして、新たに 3 名の教官(講師 1 名・助手 2 名) が採用された。仲野巧講師(富士通)、稲垣宏助手(ト ヨタ自動車)、安藤浩哉助手(名古屋大学大学院)で ある。3 名とも現在は情報工学科の教授として、学科 運営はもとより、学校全体の運営に深く関わっている。

(S63)
Oct.
1989

の秋に、情報工学科棟が完成し、10 月 25 日 に竣工式を迎えた。当日は、来賓として、豊橋技術科 学大学の本多学長、名古屋工業大学の太田学長、豊田 市の西山市長、市川前校長らを招待して、記念式典・ テープカット・「はばたき」の像の除幕式などが行わ れた。「はばたき」の像は、市川前校長の寄付で作ら れた基金により、情報工学科棟の前に建てることに なった記念碑であり、二科会会友の石川豊氏が設計を 担当した。この像は「未来に羽ばたく情報工学科であ れ! 豊田高専であれ!」の願いをこめて、「はばたき」 と命名された。

情報工学科棟全景 情報工学科棟全景

(S63)
Apr.
1989

設立 2 年目の昭和 63 年度には、二人目の専任教官 を迎え入れ、さらに、本校に採用されたばかりの佐々木宣孝技官が、情報工学科の担当として配属された。 佐々木技官(現技術職員)は、以後今日に至るまで一貫して、情報工学科の運営に携わっており、学科に欠 かせない存在となっている。

(S.62)
Apr.
1987

昭和 62 年 4 月、豊田高専の 5 番目の学科として、 情報工学科の歴史が始まった。4 月 8 日の入学式で、 情報工学科第 1 回生 45 名を受入れ、仮の教室として、 現在のコモンルーム(5)(環境都市工学科棟 2 階)が 割り当てられた。

(S.62)
Sep.
1987

国立学校設置法施行規則の一部を改正する省令((S.62年文部省令第10号)が公布され, 情報工学科が増設された。

はばたき像 情報工学科棟の入口にあるはばたきの像

第 1 期: 創設時(昭和 62 年)から平成 4 年 まで

(S.61)
1986

文部省に新学科設立要求を出す。設立の作業をすべて電気工学科の野澤繁之教官(名誉教授)が引き受ける。

野澤繁之名誉教授 野澤繁之名誉教授

(S.59)
1984

新学科設立の議論が本格化。当時の情報工学科の定義は「ハードウェアに重点を置く」というものだった。

(S.57)
1982

市川眞人校長(当時)が,コンピュータ教育を行うための新しい学科の構想を考えていた。

第 0 期: 創設までのみちのり